テフロン加工(フッ素樹脂加工/フッ素コーティング加工)のフライパン/鍋等の調理器具を使う際の危険性(危険性があるかどうかも含め)について、ネットで調べて見ると、中には根拠もない怪しげな情報があったりします。
当記事では、フッ素樹脂加工の危険性と、危険を回避するための正しい使い方について説明します。
テフロンって何? フッ素コーティングと何が違うの?
本題に入る前に、まず「テフロン加工」や「フッ素コーティング」について簡単に説明します。
フライパンや鍋のこびりつき防止のために施されるコーティングには、一般的にPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)というフッ素樹脂の一種が使われています。
※ PFAという、PTFEの親戚みたいなものが使われることもありますが、PTFEと似たような特性であり、使用に際しての注意点も同様なので、以降はPTFEを中心に説明していきます。
テフロン(Teflon)とは、このPTFEを発見したデュポン社から分離・独立したケマーズ社による商標(商品名)です。
つまりケマーズ社が販売あるいはライセンスしているフッ素樹脂(PTFEその他の樹脂)の商品名がテフロンというわけです。
ただ、このテフロンがあまりにも有名になってしまったため、現在ではPTFEに対する一般名称のような使い方がされていることも多いです。
実際には、ケマーズ社以外にも多くのメーカー(例えば、日本企業であれば旭硝子、ダイキンなど)がPTFEを製造しています。
商品名は各メーカーで異なりますが、フライパンに使われるフッ素樹脂はほとんどPTFEとなっています。
間違った認識の例
株式会社インフィニが販売しているPENTAというフライパンの商品説明サイトに、以下のような記載があります。
これは間違っています。かなり問題のある間違え方をしちゃっています。
よくコーティングされたフライパンは高熱になると有害ガスがでると言われていますが、弊社のフライパンはどれだけ高温になっても有害ガスは出ません。
PENTA商品紹介ページより
<— 略 —>
この有害ガスと言われている正体はPFOAという物質です。弊社のコーティング剤にはPFOAは含まれておりませんので、万が一長時間空焚きしてしまったとしても、有害ガスは発生しませんので安心してお使いください。
同じページの説明を見ると、このフライパンのコーティングには、ケマーズ社のテフロン(Teflon™)を使っていることがわかります。
※ 上記の説明ページでPFOAフリーであることの証明書としているものは、Teflon™はPFOAフリーですよっていうケマーズ社の文書なので。
先に説明したように、テフロン(というか、フライパンに使われるほとんどのフッ素樹脂コーティング剤)の主成分はPTFE(あるいはPFA)というものです。
※ 先にも説明したように「テフロン」の商標がついている樹脂にはPTFE/PFAではないものも含まれますが、フライパンに使われるテフロンはPTFE/PFAと考えて良いと思います。
そして、このPTFEは、高温になると有害ガスを発生します。
つまり、PFOAが入っていないからと言って高温になっても有害ガスが発生しないというのは全くの間違いで、実際のところ、フッ素樹脂を使っているこの製品は高温になると有害ガスを発生するはずです。
PTFEは有害?
PTFE自体は特に人体への害がない
PTFEはその表面の摩擦が非常に少なく、また非常に安定した材料であり、他の化学物質と反応することがあまりありません。(だから食材が焦げ付かないのです)
そのため、体内に入ったとしても胃酸くらいで溶けて消化されることもなく、そのまま排出されてしまいます。
以下に、食品安全委員会の資料を引用します。
国際がん研究機関(IARC)による評価(1987 年)では、PTFE について、グループ 3「ヒトに対する発がん性について分類できない」とされています。フッ素樹脂自体の経口摂取に関する健康影響の報告は見当たりません。調理器具からはがれ落ちたコーティングの薄片を飲み込んだとしても、体に吸収されず体内をそのまま通過し、ヒトの体にいかなる毒性反応も引き起こさないとされており <—以下略—>
食品安全委員会 ファクトシートより
また、以下はアメリカがん協会(ACS : American cancer society)の資料からの引用です。
Other than the possible risk of flu-like symptoms from breathing in fumes from an overheated Teflon-coated pan, there are no proven risks to humans from using cookware coated with Teflon (or other non-stick surfaces).
[筆者訳]
ACSサイトより
熱し過ぎたテフロンコーティングのフライパンからの煙を吸うことにより生じるインフルエンザのような症状のリスクがあり得ることを除いて、テフロン(あるいは他の焦げ付き防止膜)でコーティングされた調理器具を使うことによる人間へのリスクは証明されていません。
つまり、PTFEそのものについては、特に人体への毒性はない(少なくとも、世の中の安全と認識されている殆どのものと同様、何らかの害があることが判明していない)ということですね。
PTFEが使用されるようになって50年以上経ちますが、今のところは特に害があるという報告はないということです。
ところで、ACSの文書からの引用にある「インフルエンザのような症状」ってなんでしょうか?
実はこれこそが、フッ素樹脂加工の調理器具を使う際に注意しなければならない点なのです。
PTFEを過熱(熱し過ぎ)すると有害ガスが発生する
ここで、先に引用した食品衛生委員会の資料から再び引用します。
国際がん研究機関(IARC)による評価(1987 年)では <—略—>
食品安全委員会 ファクトシートより
PTFE の場合、315~375℃で加熱した時の生成物を吸引した場合にインフルエンザに似た症状を示すとされています。
<—略—>
ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)は、2005 年に、消費者向け情報「焦げ付き防止コーティング調理器具に関する Q&A」を公表しています。この中には、PTFE を加熱し過ぎる(360℃以上)と有害な蒸気が発生すること、その有害な蒸気を吸い込むとインフルエンザ様の症状が誘発されること、過熱を避けるために調理器具を空で 3 分以上加熱しないことが記載されています
他にも探すと様々な情報ソース(例1, 例2)がありますが、共通するのは以下のような内容です。
- PTFEを300℃-400℃(文献等によって違う)に加熱すると有害なガスが発生する
- ガスを吸った後にインフルエンザのような症状が出ることがある(比較的まれなケースではある)
人間にとって致命的になることはあまりなさそうですが、有毒ガスに敏感な鳥などにとっては致命的であり、これが原因と思われるペットの小鳥の死亡例もあるようです。
※ ただし、人間の場合でも肺水腫になる可能性も指摘されており、危険なガスであることに間違いはありません。
PFOAという名の亡霊
先に例として挙げたフライパンの説明にちょっと間違った説明として出てきた、PFOAとはいったい何なのでしょうか?
結論から言うと、PFOAはそれ自体が有害らしいことがわかっています。
ただし、現在製造されているフライパンのフッ素樹脂コーティングはほとんど(もしかしたらすべて)PFOAフリーです。
ここからは、そのあたりについて説明していきます。
PFOAとは?
PFOA(ペルフルオロオクタン酸)とは、過去にPTFEの製造過程で一般的に使用されていた物質です。ただし、PTFEをフライパン等にコーティングする際の焼成プロセス(高温で熱して固める製造工程)でほとんどは消失してしまうため、最終製品には微量しか含まれていないものでした。
この、PFOAは人工的な化学物質ですが、非常に分解しにくい性質であるため、微量ながらすでに環境中に存在しているものです。
例えば、多くの水道水にも含まれています。あくまでも微量ですが。(参考:厚労省の水道水調査結果)
また、生体内に蓄積しやすい特徴があるため、現代人のほとんどの人の体内にはPFOAが蓄積されています。(体外に排出されるのに時間がかかります)
もちろん、食物の一部にも蓄積されているので、それを食べることによりPFOAを摂取することになります。
また、カーペット、撥水ジャケット等の衣類の撥水製品に含まれることもあり、ハウスダストなどからPFOAを取り込んでしまっていたりします。
後に説明しますが、現在のほとんどのフッ素樹脂コーティングの調理機器にPFOAは含まれておらず(あるいはごく微量しか含まれていない)、PFOAはむしろ水や食料から取り込まれてしまっています。
PFOAの毒性
例えば、米国CDC/ATSDRによると、高濃度なPFOAやPFOS等を含むPFAS(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)により、以下のリスクがある可能性があるとしています。
- コレステロール値の上昇
- 肝酵素値の変化
- 乳児の出生時の体重のわずかな減少
- 子供のワクチン効果の減少
- 妊婦の高血圧あるいは妊娠高血圧腎症のリスク増加
- 腎臓がんあるいは精巣がんのリスク増加
ただ、PFAS類の影響については、現在でもまだ研究を進めている段階であり、(本当に上記の影響があるのか、他のリスクはないのか等)明確な結論が出ているわけではありません。
ちなみに、各種調査(例:環境省による評価)では、通常の飲料水・食物・空気中のPFOA量は、人体への影響が予測される値を下回っています。
主に問題となっているのは、過去にPFOAを製造していたメーカーの従業員や工場排水の影響を受ける周辺地域の飲料水等です。
※ フッ素樹脂コーティングの調理機器をPFOAに暴露されるリスクの1つとはされています(いました)が、量は微々たるものであり、人体への影響は、主にPFOAで汚染された特定地域の飲料水や食物等によるものとされているようです。(そういう研究/レポートしか見つかりませんでした)
フッ素樹脂コーティングにPFOAは含まれない?
上記のようなリスクの疑いが出てきたこと、生分解しにくく環境中に蓄積される性質から、2000年頃からPFOA自体を減らそうという流れになっています。
フッ素樹脂の製造工程以外にもPFOAを他の材料で代替するようになってきており、例えばPFOAを製造していた日米欧の主要メーカーは2015年までにPFOA製造を撤廃しました。
実際PFOAの製造は現在は激減しています。
例えば、以下にNITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)による資料からデータを引用します。
以下のグラフは、平成22-29年における日本国内のPFOAの製造量・輸入量はともにゼロです。またPFOAの塩(PFOAの親戚のようなもの)の製造・輸入量は以下のようになっています。
また、用途別のPFOAの塩の出荷量は以下となります。(もちろんPFOAはこの期間でゼロです)
フッ素樹脂の製造工程で使われる場合の用途は「重合反応用乳化剤」になると思います。そうすると平成23年以降はゼロということがわかりますね。
つまり、少なくとも現在日本国内で製造されるPTFEはすべてPFOAフリーと言ってよいのではないかと思われます。
国外でも同様であり、例えばアメリカでは2013年以降のすべてのフッ素樹脂コーティングはPFOAフリーであるといわれているようです。(参考例)(ただし、信頼できそうなソースは見つけることができませんでした)
また、2019年には残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約の付属書A(廃絶すべき物質のリストのようなもの)にPFOAが加えられました。
これに従い(すでにほぼ廃絶されていましたが)日本でも化審法の改定により2021年よりPFOAは代替不可能な用途以外での使用は規制されるようになっています。
もちろん、フッ素樹脂製造過程に使用していたPFOAはずっと以前から代替可能であり、規制対象となります。
現在では、PFOAはフライパンのコーティングごときのために使うような物質ではないと言えるのではないかと思います。
最近は当たり前になっていることもあり、あえて「PFOAフリー」を前面に出してアピールしていないメーカーも多いですね。
おまけ : 硬質アルマイト?
先に「間違った認識の例」に挙げた、PENTAというフライパンの説明サイトですが、先に述べた以外にもきな臭い記述があったりします。
このフライパンは、アルミの母材の表面に、硬質アルマイト処理というものを施し、その上にテフロン加工を施しています。
それに関連し、このサイトでは次のように説明しています。
確かに一般的なフッ素樹脂コーティングだけでは不十分ですが、アルミ本体に「硬質アルマイト加工」を施すことで、コーティング力が一変!最高レベルの耐久性を実現しました。
アルマイト加工とはアルミニウムを陽極で電解処理し、人工的に酸化皮膜を生成させる表面処理のこと。その中でも硬質アルマイトは、低温の電解槽中で処理することで厚く硬い皮膜を生成しています。
PENTA説明サイトより
前半はともかく、後半はその通りだと思います。
アルマイト処理されることにより、アルミの表面が酸化されます。そして、その皮膜は小さな穴がたくさん開いた構造になっているため、コーティング剤が穴に入り込んで固まることになります。そのため、コーティングがはがれにくくなると思われます。
実際、(硬質でないものも含めて)アルマイト処理+フッ素樹脂コーティングのフライパンを扱っているメーカー/ブランドは他にもいくつかあります。
ここまではこれでよいと思うのですが、ちょっと問題ではないかと思うのは次の部分です。
その硬さはなんと「世界で2番目に硬いサファイアと同じ」とも
PENTA説明サイトより
<— 略 —>
またアルマイト加工されたアルミはダイヤモンドの次に硬いサファイアと同じ分子構造をもっており、その硬さから本体に傷がつくことを防いでいます。 アルマイトの主成分アルミナ(Al2O3)はサファイアと 同じ分子構造をしておりますので、この手法を「サファイアコーティング」と呼んでいます。
これ見てどう思いますか?
「ダイヤモンドの次の固さの膜で本体の傷を防いでいる」あるいは「ダイヤモンドの次の固さの材料でコーティングを施されている」と思っちゃった人はいませんか?
そうではありませんよ。
よく見ると、そのようなことは書いていません。
それだけに、違うとわかっててわざと誤解を誘発するように書いているように思えて仕方ないのですが・・・
実際のところ、サファイアと硬質アルマイトの硬さ(硬度)は全然違います。
硬質アルマイトもサファイアも、主成分は酸化アルミニウム(Al2O3 : アルミナ)であるのはその通りですが、結晶構造が違います。
サファイアは、分子がきれいに並んでいる状態、つまり(単)結晶です。そして、硬質アルマイトのほうは分子がきれいに並んでいない非結晶です。
結晶構造の違えばその性質も変わり、実際に硬質アルマイトの硬度はサファイアの硬度の1/5~1/4程度です。(それでもアルミよりは硬質アルマイトのほうが数倍硬いです)
サファイア | 硬質アルマイト |
Hv2300*1 | Hv350~450*2 |
*1 : www.toichi.infoより
*2 : 表面処理.COMより
そして、そのサファイアと主成分が同じだけの違う物質で表面処理されたアルミの上に、普通のテフロン加工を施したものを「サファイアコーティング」と称するのもちょっとどうかと思います。
よく見かけるダイヤモンドコートとかマーブルコートと呼ばれるものは、コーティングのフッ素樹脂に人工ダイヤや大理石(マーブル)を混ぜたものをコーティングしたものです。
そのため、コーティング膜そのものの耐摩耗性が強化されています。
一方、ここでいう「サファイアコーティング」は、コーティングの下地が(サファイアと主成分が同じだけの別物である)硬質アルマイトというだけであり、コーティング自体はおそらく普通のテフロン加工と同じものと思われます。
※ 誤解のないように繰り返しますが、アルマイト処理した表面はコーテイング膜と密着性が高いので、剥がれにくいのは確かだと思います。そして、アルマイト処理した表面はアルミよりはずっと硬いため、本体のアルミを傷つけるリスクを減らすのも確かだと思います。
こちらの商品は、説明ページによりますとこの道50年の「フライパン博士」による最高傑作と言えるものだとのことです。
使ったわけではないですが、個人的にはよいフライパンだと思います。
ただ残念なことに、マーケティングにはフライパン博士も関わっていないのでしょうね。(設計に携わった技術屋さんがチェックしていれば当記事で挙げたようなおかしな記述は無くなると思うので。。。)
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